シマナミ3Daysトリップ vol.2

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大久野島には、過去の毒ガス製造の実態を伝える毒ガス資料館や毒ガス工場の跡が残っている。カヤックで上陸してみると「毒ガスの島」で我々を出迎えてくれたのは、ほんわかした雰囲気のウサギ達と観光客だった。そこら中に走り回っているウサギ達に観光客がのんびりとキャベツをあげている風景に毒ガスの島という印象はなかった。しかしそのウサギ達は毒ガスの実験用に飼われていたという説もあり、どうもその風景がしっくりこない。毒ガス資料館を訪れてみた。大久野島は昭和二年に島全体が毒ガスの製造を目的に陸軍の監視下に置かれ、当時、ジュネーブ議定書で国際的に製造を禁止されていた毒ガスの製造が始まったようだ。毒ガスを作っていた事は機密だったため、大久野島は地図から消され、沿岸を走る汽車からも大久野島が見えないように窓に鎧戸がおろされていたらしい。毒ガス工場には、地元の農民や漁民、勤労動員学生たち6500人が強制的に徴用され、その人達の多くも工場内で毒ガスの被害を受けた。今まで知らずに生きて来た事が恥ずかしくなるような壮絶な話だ。資料館を後にし、カヤックの置いてあるビーチに戻るとまたしてもウサギがぴょんぴょんと飛び跳ね、小さい子供連れのファミリー、カップル、若者グループ、外国人観光客達が皆、瀬戸内の島ののんびりした雰囲気を楽しんでいた。しかしどうにもこの雰囲気になじめず、潮が変わると同時に漕ぎ出し、更に西へと向かう事にした。(→vol.3へ)

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