Haida Gwaii への旅を終えて

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Haida Gwaiiへ3週間、その前後のVancouverに滞在を含めて一ヶ月の旅を終えて日本へ帰ってきました。Haida Gwaiiでは、空港のあるSandspitという町から漕ぎ出し、そのまま南島の東海岸を海沿いに南下し、Barnabby Narrowsというポイントまで漕いできました。大潮時に5m程の差を生じる干満の差、その干満の差から生まれる強い潮流、基本的に強くそして突如向きが変わる風、晴れていたかと思うと雨が降り出す天候の変化の早さ、水温は15度以下、そんな時には厳しく時には優しいHaida Gwaiiの海を3週間で150km程、日程にしては決して長くはない距離を歩くようにじっくりと漕ぎ進みました。朝はRaven(ワタリガラス)の声やテントのすぐ上を飛ぶRavenが羽ばたく羽の音で目覚めました。海ではBold Eagle(白頭鷲)が当たり前に飛ぶ空を眺めながらSeal(アザラシ)が寝そべる岩場をぬうように進み、時にはクジラの呼吸にビックリしたりしながらカヤックを漕ぎました。陸ではカゴでとらえたカニ、エビ、根魚の収穫を糧に火を焚き調理し、ハチドリの来訪を喜んだり、熊の気配におびえながらキャンプしたりしました。携帯(衛星)電話、インターネットはもちろんなし、何かあった時の連絡手段は、VHFラジオ(無線)のみ、途中補給は出来ない事を前提に18日間の物資をカヤックに積み込み、水は茶色い川の水を汲み、潮が引き、遥か彼方に退いた海岸線を眺め、「そーなのーっ」の連続で息子とおっかなびっくり始まった旅も終盤には、「一回、物資を調達しなおして、後、二週間漕ぎたいね。」と会話するまでなりました。私たちの訪れたトーテムポールは、ほとんど朽ち果てあまり原型をとどめていませんでしたが、そこを守るWatchmenというHaidaのローカルの人たちが、本当に優しく私たちの旅を支えてくれました。失う部分も多くありながらも今なおパワフルな自然。一度破壊されながらもまた蘇ろうとする文化。長いと思っていた3週間の旅で見れた物はその片鱗だけでした。しかし片鱗ながらもそれは我々の胸に深く突き刺さったのでした。やり残した事は多く、また漕ぎに行くしかないと思いながらHaida Gwaiiを後にしました。今回は息子を連れて行ったという事もあり、様々な方のサポートを頂く事なしにはこの旅は成立しませんでした。何らかの形で今回の私の経験は皆さんにフィードバックする事で恩返しをさせて頂きたいと思います。本当にありがとうございました。
Haida Gwaii Map

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